「大東亜共栄圏とは何か」と問われて即答できる人は少ないだろう。「それは日本軍のプロパガンダだ」と云う人がいるかもしれないが、それは実態を無視した暴論だ。
本書は軍事史の観点から、「大東亜共栄圏」の構想、成立、そして崩壊に至る過程を夥しい史料を駆使して丁寧に描き出した労作である。
著者が注目するのは、「占領軍政」の変遷と「大東亜共栄圏」の関係性である。
従来、「占領軍政」とは、占領地の治安を維持し、物資を徴発する単純な統治に過ぎなかった。だが、総力戦であった第一次世界大戦後、戦争を違法化する考え方が広まると「占領軍政」は、より大きな役割を担うことになった。すなわち、占領地経済を自国の経済に組み込むという役割、そして、その戦争の大義名分を政治的に明らかにする役割までが担わされたのだ。 当初、日本の戦争目的は「自存自衛」と掲げられたのみで、「大東亜共栄圏の確立」は戦争目的として謳われていなかった。これは、戦争目的を「自存自衛」にとどめようとする海軍に配慮したものだった。一方で、東条英機首相は「大東亜共栄圏の確立」も同時に戦争目的とすべきだと考えていた。
当初具体的に計画されていなかった「大東亜共栄圏」は、戦争の進行とともに、徐々に成立する。それは、日本軍の占領軍政が変貌していく過程でもあった。すなわち、占領地における単純な治安維持だけでなく、占領地経済を日本の経済体制に組み込み、さらには、現地に政府を擁立し、戦争の大義を分明していく中で「大東亜共栄圏」は確立していったのだ。
また、興味深いのは、純然たる軍事的な戦略と政治的な政略とが矛盾してしまう場面があったことだ。例えば、無謀といわれる「インパール作戦」が実施されたのも、日本軍が「政略」を重視していた側面があったとの指摘は極めて重要な指摘であろう。
戦争は純然たる軍事的作戦だけでなく、複雑な政治との関係で捉えなくては本質が見えてこないことを考えさせてくれる本でもある。
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