山崎拓『YKK秘録』講談社

 「生」の政治とは、いかなるものなのか。こうした疑問に答えるに相応しい一冊が出版された。著者は当選以来、衆議院手帖に首相をはじめ政界の重要人物と交わした会話、著者の感想、場所等々を細かく記し続けてきた。その膨大な手帖をもとにYKK時代を振り返ったのが本書だ。

 YKKとは、いうまでもなく、著者の山崎拓と加藤紘一、小泉純一郎の三氏を指すが、彼らはただのお友達ではない。性格も政策も異なる三人の政治家が「友情と打算の二重奏」(小泉純一郎)を奏でてきた。友であり、ときに政敵となる。そんな複雑な関係だ。

 本書が生々しく伝えているのは、政治家における人間関係の重要性だ。義理と人情を欠く者を絶対に赦そうとしない世界だ。

 著者が小渕恵三にある政治家の入閣を申し入れると、小渕は次のように断ったという。

「彼の結婚の仲人は自分であり、お互いに深い信頼関係があると信じていたのに、一言の相談もなく離党した。復党にあたり陰ながら心配していたのに、ちゃんとした挨拶がなかった。…(略)…彼が優秀な政治家であることはわかっているが、僕には義理を欠いている」

 入閣を決したのは能力の有無ではなく、挨拶の有無なのだ。こうした事柄を冷ややかに見る向きもあるかもしれないが、私には非常に興味深い。

 何といっても本書の圧巻は、「加藤の乱」についての記述だ。著者と加藤が野党議員と連携し、倒閣を試みた際、加藤は余りに脇が甘かった。事前に情報は漏れ、YKKの一人、小泉の術中にはまった。

 退くに退けなくなった著者は涙ながらに、自派閥の議員に謝し、単騎、加藤との友情に殉ずる悲壮な覚悟を吐露した。このとき武部勤が叫んだ。

「親分がここまでの決意をされたんだ。いいも悪いもない。親分と一緒に討ち死にしよう」

「みんなで一致結束して親分についていこう。誰か異議はあるか」 こうして山崎派は一糸乱れぬ結束力を示した。これに対し、加藤派で加藤に従ったのは、半分にも及ばなかった。

 著者とともに内閣不信任案に賛成すべく議事堂にむかったが、正面まできて、加藤は、狼狽え引き返す。元公明党委員長の矢野から「早く来い。政治生命を失う」との電話を受けると、再び議事堂に向かう。だが、再度加藤は周章狼狽し、引き返す。

 矢野曰く。

「喜劇のピエロになるより、悲劇のヒーローになるべきだった」

 著者の手帖には、本書で明かした意外にも重要な事実が記されているはずだ。昭和史の貴重な語り部の次なる著作にも期待したい。

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