長勢了治『シベリア抑留』(新潮選書)

 昭和二十年八月十五日。戦争が終わり、人々は貧しくも、平和な生活を開始した。多くの人々が小学校、中学校で教えられる。確かに真理の一面を指摘してはいる。だが、全ての日本人がこの日を境に平和な生活に戻ったとするのは誤りだ。むしろ、この日を境に、地獄のような生活が始まった人々が数多く存在しているのだ。本書が明らかにしているように、数え切れないほどの日本人が違法に拉致され、シベリアで強制労働に従事させられ、酷寒の中、生命を落とした。

 戦後の日本では、戦争の悲惨さを語るが、敗戦の惨めさ、過酷さについては殆ど語られなかった。侵略的で、好戦的だったのは日本軍だと指弾され、反省、謝罪を繰り返してきたが、日本人の人権が侵されてきた事実については殆ど触れられてこなかった。

 第二次世界大戦時、ソ連は日ソ中立条約を破り、満州、北朝鮮、樺太、千島に侵攻し、多くの日本人を殺戮した。筆舌に尽くしがたい蛮行の限りを尽くした。奪える金品があれば、全てを奪った。また、ソ連兵は日本の婦女子を老婆であろうと、少女であろうと見境なしに強姦した。多くの日本人女性が、凌辱され、屈辱に堪えかね自決した。本当に多くの日本人が殺されていった。厚生省の記録によれば、ソ連支配下において三十万人以上の人々が殺されたという。

 スターリンは次のように宣言している。

「一九〇四年日露戦争に於けるロシア軍の敗北は国民に苦しい記憶を残した。

其の敗北は我が国の不名誉になった。我が国民は日本を撃破しその恥を拭う日が来る事を信じ、その日の来るのを待っていた」

 要するに、日露戦争の敗北の屈辱に対する復讐の日を待っていたというのだ。復讐心に燃えるスターリンの日本人に対する仕打ちは残虐を極めた。国際法を全く無視して、日本兵をシベリアに強制的に送り、労働に従事させたのだ。人権を無視した、全くの非道な処置だった。多くの日本人が飢餓、重労働、酷寒の三重苦に堪えかね、生命を落とした。本書では淡々とその記録を紹介しているが、正直に言って、我々の同胞がここまで残虐に殺されていったことに対し、心の底から怒りが込み上げてくる。

 抑留された日本人に対して、思想的工作、要するに洗脳が為されたことも忘れてはならない。共産主義を礼賛し、日本の「天皇制」を敵視する教育が施されたのだ。

 最も残酷だったのは、「民主化」の名の下で、「吊し上げ」が行われたことだろう。

 著者は、「だれ一人人を信ずることならず つるし上げして身を守りけり」という悲しい歌を引用しながら、次のように指摘している。

「吊し上げの怖さ、辛さは当人だけでなく、吊し上げる大衆にとっても同じだった。吊し上げに反対したり、『反動』を擁護すれば、たちまち自身が『反動』に転落して吊し上げられるのである。明日はわが身なのだ。」

哀しく、残酷なシベリア抑留の真実を伝える力作が多くの日本国民に読まれることを願っている。

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